東京高等裁判所 昭和55年(う)2023号 判決
本件事故の概要は、被告人が酔余、原判示の日の午前零時ころ、それまでスナツクで一緒に飲酒したT女(当時二八歳)を助手席に乗せたまま原判示漁港防波堤に乗り入れ、取付堤防を経て東防波堤の先端まで約一〇二〇メートル走行して引き返し、同日午前一時ころ右先端から約六一メートルの地点で停車し、エンジンを止め、サイドブレーキを施したうえ、同女と車内で情交関係を結ぶため運転席から助手席に身体を寄せ、同女の着衣に手を掛けるなどしていた際、自己の右足が引出式の右サイドブレーキの取手に接触したため同ブレーキが解けてしまい、たまたま駐車した前記の場所が約三度の下り勾配になつていたため自車がゆつくり前進を始め、被告人があわててブレーキペダルを踏み損つたことも加わり、遂に駐車地点から斜左前方に約一六・九メートル進行した地点で脱輪し、左側岸壁から約三メートル下の海岸に自車を転落、大破、沈没させ、よつてそのころ同所において同女をして溺死させた、という事実である。
まず被告人の本件事故における過失の態様、程度について検討するに、およそ自動車運転者としては、駐車中の自動車は僅かな勾配があつただけでも、ブレーキが解かれることによつて容易に動き出すものであることに思いを致し、駐車場所の路面に勾配のあることをあらかじめ認識していない場合であつても、駐車地点の状況を確認することに努め、不測の事態に対処するため、サイドブレーキを確実に施すことは勿論、不用意にこれを解いて車両を発進・進行させることのないよう万全の配慮を払い、車が動き出すような事態が生じた場合には直ちに停車の措置を講ずべき業務上の注意義務がある。もつとも、原判決が被告人において勾配の存在について認識があつたと認定したうえ、これを前提として、通常の坂道における駐車に要求されるようにギヤーを後退の位置に入れる義務まであるとした趣旨であるとするならば、その点の判断に関する限り誤りがあるといわなければならない。